最高裁判所第三小法廷 平成4年(オ)255号 判決 1995年12月05日
上告人
蔵本育美
同
蔵本正俊
被上告人
国
右代表者法務大臣
宮澤弘
右指定代理人
前田泰志
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人らの上告理由第一ないし第四点について
国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会ないし国会議員の立法行為(立法の不作為を含む。)は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというように、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものでないことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁、最高裁昭和五八年(オ)第一三三七号同六二年六月二六日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号一四七頁)。
これを本件についてみると、上告人らは、再婚禁止期間について男女間に差異を設ける民法七三三条が憲法一四条一項の一義的な文言に違反すると主張するが、合理的な根拠に基づいて各人の法的取扱いに区別を設けることは憲法一四条一項に違反するものではなく、民法七三三条の元来の立法趣旨が、父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解される以上、国会が民法七三三条を改廃しないことが直ちに前示の例外的な場合に当たると解する余地のないことが明らかである。したがって、同条についての国会議員の立法行為は、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないというべきである。
そして、立法について固有の権限を有する国会ないし国会議員の立法行為が違法とされない以上、国会に対して法律案の提出権を有するにとどまる内閣の法律案不提出等の行為についても、これを国家賠償法一条一項の適用上違法とする余地はないといわなければならない。
論旨は、独自の見解に基づいて原判決の国家賠償法の解釈適用の誤りをいうか、又は原判決を正解しないで若しくは原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうに帰し、採用することができない。
同第五点について
上告人らの被った不利益が特別の犠牲に当たらないことは、当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである(最高裁昭和三七年(あ)第二九二二号同四三年一一月二七日大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁参照)。したがって、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)
上告人らの上告理由
第一点、第二点<省略>
第三点 原判決には、最高裁判所判例(最高裁判所昭和五三年(オ)第一二四〇号事件に対する昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁、以下「最高裁判例」という。)に違背する違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
一 原判決は、上告人らが原審において主張した事案の内容及び論点を、左のとおり、歪曲し及びすりかえることをしたうえで、最高裁判例を誤って解釈適用した違法をおかしている。
1 上告人らは、原審において、まず第一に、国会及び国会議員が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条を立法し、同条を廃止又は改正する立法をしないという違法な公権力の行使をしたため、第二に、内閣が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条を廃止又は改正する立法案を国会に提出しないという違法な公権力の行使、及び、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法七三三条の執行の中止又は保留等の措置も講じないで、相当期間経過するもなおその違反状態を放置し、その違反の民法第七三三条を上告人らに適用し又は適用させたという違法な公権力の行使をしたため、第三に、内閣総理大臣及び法務大臣が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条を上告人らに適用し又は機関委任事務により適用させたという違法な公権力の行使、及び憲法第一四条第一項等に違反する「現に受胎していない旨の医師の診断書を添付して届出をした場合でも、六月間は受理できない。」という先例(昭和八年五月一一日民甲六六八回答。甲第九号証)を改正して、「現に受胎していない旨の医師の診断書を添付して届出をした場合には、民法第七三三条が削除又は改正されるまでの間、同条第一項の適用除外として、婚姻届を受理する。」こととする措置を講じないで、運用違憲の右先例を上告人らに適用し又は機関委任事務により適用させたという違法な公権力の行使をしたため、第四に、家事審判官が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条の適用を理由として養子縁組を許可しないという違法な公権力を行使したため、市長による婚姻届不受理処分及び裁判所による養子縁組不許可処分を受け、これにより種々の不利益と精神的苦痛が上告人らに発生したとして、国家賠償法第一条第一項により被上告人に対し、慰藉料の支払を請求し、予備的に憲法第一四条及び第一七条の適用並びに憲法第二九条第三項の類推適用により、右損害に見合う金員を正当な補償として請求している事案であるのである。
2 しかるべきところ、原判決は、「本件は、国会議員又は内閣の構成員が、憲法一四条一項等の規定に違反する民法七三三条を立法し、同条を廃止若しくは改正する立法等をしないという違法な公権力を行使したため、控訴人らは、前示のとおり市長による前記不受理処分及び裁判所による前記不許可を受け、これにより種々の不利益と精神的苦痛が控訴人らに発生したとして、国家賠償法一条一項により被控訴人に対し、慰藉料の支払を請求し、予備的に憲法二九条三項の類推適用により、上記損害に見合う金員を正当な補償として請求している事案である。」として、上告人らが右1において論述した事案の内容及び論点である第一から第四までの四項目について、第一の項目に関しては、国会を「違法な公権力の行使をした」ものから除外し、第二の項目に関しては、内閣が憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条を上告人らに適用し又は適用させたという「法律の執行行為」の面における違法な公権力の行使をしたことの点を捨象し、第三の項目に関しては、内閣総理大臣及び法務大臣が憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条を上告人らに適用又は機関委任事務により適用させたという「法律の執行行為」の面における違法な公権力の行使をしたこと、及び、運用違憲の右先例を上告人らに適用し又は機関委任事務により適用させたという違法な公権力の行使をしたことを全く捨象し、第四の項目に関しては、家事審判官が憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条の適用を理由として養子縁組を許可しないという「法律の執行行為」の面における違法な公権力を行使したことを全く捨象して、詰まるところ「法律の執行行為」の面を判断の対象から外すか又は敢えてこれを「法律の立法行為」の面に包摂して、「国会議員又は内閣の構成員が、憲法一四条一項等の規定に違反する民法七三三条を立法し、同条を廃止若しくは改正する立法等をしないという違法な公権力の行使をしたため」と「法律の立法行為」の面のみに集約し、上告人らが原審において主張した事案の内容及び論点を歪曲し及びすりかえるという違法をおかしているのである。また、原判決は、上告人らが予備的請求の根拠とした憲法第一四条及び第一七条の適用並びに憲法第二九条第三項の類推適用によるとした点についても、憲法第二九条第三項の類推適用によるとのみして、すりかえることをしたうえ、第五点の「原判決には、憲法に基づく国家補償の請求に関し、憲法第一四条、第一七条及び第二九条第三項の解釈適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである。」というところにおいて論述するとおり、国家補償の請求の原因について、上告人らは原審において民法七三三条が存在し且つ適用されたと主張したにもかかわらず、原料決は、「民法七三三条が存在することを原因として」と、「法律の執行行為」の面を捨象して、立法の存在・不存在という「法律の立法行為」の面のみに集約して、上告人らが原審において主張した事案の内容及び論点を歪曲し及びすりかえるという違法をおかしているのである。
3 原判決が、右2において論述したように、上告人らが原審において主張した事案の内容及び論点について、歪曲し及びすりかえるという違法をおかしたのは、右最高裁判例の解釈を誤って本件に適用したからに他ならない。
右最高裁判例は、法律が廃止されたことによる適用法律不存在の場合であるため、立法行為の違法性が争われた事案であって、適用法律存在の場合における当該立法の内容の違憲性及び違憲法律の適用による処分等の違法性が争われた事案ではないのである。それ故に、右最高裁判例は、国会議員の立法行為が国家賠償法第一条第一項の適用上違法となるかどうかについて、「国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。」と判示したのである。
ところが、上告人らの場合は、法律が廃止されたことによる適用法律不存在のため立法行為の違法性のみが争われる場合ではなく、適用法律が存在し、その立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)の違法性のみならず、当該立法の内容の違憲性及び違憲法律の適用による処分等の執行行為の違法性をも争っている場合であるのである。従って、原判決が、適用法律が存在し且つその違憲の立法行為の違法性のみならず、当該立法の内容の違憲性及び違憲法律の適用による処分等の違法性をも争っている本件事案を、立法行為の違法性のみを争う事案にすりかえることをして、右最高裁判例を本件に引用・適用することに終始したのであるから、原判決は、右最高裁判例を明らかに誤って解釈し適用したものであるというべきである。
二 原判決が右最高裁判例を誤って解釈する違法をおかしている点について
1 右最高裁判例は、「国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。」と判示するが、如何なる場合が「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」といい得るかについて、その判断基準を具体的に明示していない。
2 原判決は、国会議員の立法行為の違法性の判断基準については、右最高裁判例をそのまま引用し、また、内閣の立法行為の違法性の判断基準についても同様であるとして、第一審判決が「内閣については、原告らの主張するように、行政権を行使する内閣が、ある法律案の提出権限を行使しないという立法行為について、個別の国民に対する関係での法的義務を負い、国家賠償法上の違法の評価を受ける可能性があるとしても、国会を国の唯一の立法機関と規定している憲法四一条の趣旨からすると、このような法律案に関する立法行為につき第一次的に責任を負うのが国会議員であることは明らかである。したがって、少なくとも、先に述べた観点から国会議員の立法行為が国家賠償法上も違法と評価される場合、すなわち当該法律の文言が憲法等の一義的な文言に違反しているような例外的な場合でない限り、これに関する内閣の立法行為が国家賠償法上違法と評価されることもないというべきである。そして、このことは、国会の議決する法律案のほとんどが内閣の提出に係るものであるかどうかという立法過程の実情いかんによって左右されるものではない、と解すべきである。」と判示したことをそのまま支持したうえ、右最高裁判例を前提として、本件民法第七三三条の立法行為の違法性の判断基準及びその検討について、第一審判決を改めて、左のとおり判示する。
(一) 原判決は、民法第七三三条の立法行為の違法性の判断基準について、「これを本件について見るに、(1)民法七三三条が、真実は父性の重複の回避を目的として女子に対して再婚禁止期間を設けたものではなく、実際にはこれに名を藉りて男尊女卑の封建的道徳観に基づき女子の再婚を嫌忌して女子の再婚を制限する目的をもって制定されたことが明白である場合、(2)再婚禁止期間を定めても父性の重複の回避に何ら役立たず、却って一次的にせよ内縁の夫婦を増加させ、その間の子を一度は非嫡出子とする弊害のみが生ずることが明白である場合、(3)父性の重複を防止するためには女子についてのみ再婚禁止期間を設けるという方法に比してより制限的でない他の手段が存することが明白であるのに、あえて女子についてのみ再婚禁止期間を設けた場合、又は(4)仮に父性の重複を回避するためには女子に対して再婚禁止期間を設ける必要があるとしても、そのためには民法七七二条の規定上嫡出推定が重複する前婚解消後一〇〇日又は一〇一日(学説によって異なる)あれば足りることが明白であるのに、六箇月という必要以上の長期に亘って女子の再婚を制限した場合等再婚禁止期間の制度そのもの又はその期間が父性の重複の回避という目的に照らして不合理であることが明白であるのに、国会又は内閣が民法七三三条の規定を設け、又はこれを改廃する措置を講じない場合に限って、民法七三三条についての国会議員又は内閣の構成員の立法行為(その改廃の不作為を含む)の違法を理由とする控訴人らの国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求は理由があるというべきである。そこで、以下においては、民法七三三条の再婚禁止期間の規定が父性の重複の回避という目的に照らして不合理なことが明白であるか否かの点について検討する。」と判示して、右最高裁判例の「一義的な文言」の判断基準を具体化する。
(二) そして、原判決は、「民法七三三条の再婚禁止期間の規定が父性の重複の回避という目的に照らして不合理なことが明白であるか否かの点について検討する。」として、左のとおり八項目について判示する。
(1) 原判決は、「4(一) まず、控訴人らは、民法七三三条は父性の重複の回避を理由として設けられた規定ではなく、男尊女卑の儒教的道徳観に基づいて、女子の再婚を嫌忌する父権的思想に依拠して制定された規定である旨主張する。しかし、成立に争いのない乙第一号証によれば、(1)明治二三年民法(旧民法)草案人事編においては、その四二条において、女子については四か月の再婚禁止期間が設けられていたところ、この四か月という期間は、諸外国にあってはこの禁止の月数が例えば一〇月(フランス)であったのに、同草案では、懐胎から分娩日までの最長期間は三〇〇日、最短期間は一八〇日であるから、その差の一二〇日すなわち四か月が父性の混同を防止するために必要な最少期間であるとして定められたものであること、同草案では夫の失踪を理由とする離婚の場合又は前婚解消後分娩をしたときは直ちに再婚をすることを許していることからも、この再婚禁止期間が父性の混同を防止するために設けられたものであることは明らかであること、②明治二三年民法(旧民法)人事編三二条においては、再婚禁止期間は六か月に延長されているところ、これは、当時は四か月では妊娠の有無を確実に診断することが難しく、女子が前夫の子を懐胎しているのを知らずに、又はこれを隠して再婚し、再婚後前夫の子を出産したときは、後婚の家庭の平穏を妨げるという不都合を防止すために、本人はもとより他人おいても懐胎が分かる段階まで待つという意味でなされたものであって、後夫保護の父権的思想に基づくものとはいえないこと、(3)明治三一年民法(旧法)の七六七条は女子の再婚禁止期間は旧民法と同じく六か月と定めたが、婚姻中懐胎推定期間については、現行民法と同じく婚姻成立の日より二〇〇日後、婚姻解消又は取消の日より三〇〇日内としているところ、法案起草者からは、再婚禁止期間は血統の混乱を防ぐという目的が唯一の理由である旨説明されており、それにもかかわらず嫡出推定が重複する一〇〇日又は一〇一日より長い六か月の期間が定められたのは、主として再婚後前夫の子を出産することにより後夫との間に不和紛争が生ずることは妻や出生子にとっても少ない方が望ましいし、後に父性が争われてその判定が困難となる場合をできる限り少なくしたいという考慮によるものであって、決して女子が前婚解消後早く再婚するのは望ましくないという封建的な国民感情や後夫保護のみの目的でなされたものではないこと、(4)このことは旧法をそのまま受け継いだ現行民法七三三条についてもそのままあてはまることが認められるから、再婚禁止期間は、女子の再婚を嫌忌する父権的思想に立って立法された著しく不合理な規定である旨の控訴人らの主張は採用できない。」と判示する。
(2) 原判決は、「(二) 控訴人らは、再婚は多くの場合前婚の事実上の離婚と後婚の事実上の成立(内縁)が先行している。すなわち、夫婦が婚姻を解消する時は、通常別居等により性交渉もないのが実情であるから、その上再婚禁止期間を設けることは実態にそわず、不合理である旨主張する。離婚後の再婚の場合における生活実態についての控訴人らの主張には確かに首肯しうる側面があるが、協議離婚を認めず、かつ、離婚の要件として多くは一定期間の別居や考慮期間が設けられている諸外国の場合とは異り、協議離婚を認めるわが民法の下においては、離婚後の再婚の場合であっても、法制度上父性推定が重複すること自体は避けられないのであるから、法制度としてその回避の手立てを講ずることは立法上当然の要請であって、従ってその回避の手段として、民法が採っているように再婚禁止期間を設けることは一見不合理であるとは到底いえない。夫死亡による婚姻解消後の再婚の場合についてはいうまでもない。」と判示する。
(3) 原判決は、「(三) 控訴人らは、再婚禁止期間は、法律上の再婚を一定期間阻止することはできるもののそれは単に婚姻の届出を延引させるに過ぎず、事実上の再婚まで阻止することはできないから、形式的には父性推定の衝突を回避することはできるとしても、前夫の子と推定される後夫の子が後婚成立後に生まれる可能性を完全に防ぐことはできないし、却って一時的にせよ内縁の夫婦を増加させ、その間の子を一度は非嫡出子とする可能性を有するから、無用、かつ有害の制限である旨主張する。しかし、再婚禁止期間の規定は、女子が再婚した場合における出生子の利益や後婚の家庭の平穏を保護するために嫡出推定の重複(父性の混同)をできるだけ防止しようとする制度であり、目的そのものには合理性があるといわなければならないし、再婚禁止期間を設けなくとも嫡出推定重複の防止が図り得る法制を設けずに再婚禁止期間を廃止した場合、現在より嫡出推定の重複する場合が増えるであろうことは容易に予想できるところ、嫡出推定が重複する子については、父を定める訴え(民法七七三条)により父が定まるまでは父は未定となり、著しく出生子の福祉に反する事態が生ずる。右のとおり、再婚禁止期間の制度を維持することによって、これを廃止したときに生ずる上記の不都合をはるかに上回る弊害が生ずるとはいえないのであって、従って再婚禁止期間は、無用・有害の再婚の制限であるとは到底言えない。」と判示する。
(4) 原判決は、「(四) 控訴人らは、まれに起きるかも知れない嫡出推定の重複の可能性を根拠として、女子の再婚の自由を著しく制約する再婚禁止期間を設けなくとも、親子鑑定等によって推定を覆すことができるから、父性推定の重複の回避するという目的をもって女子に対する再婚禁止期間を設けることは不合理である旨主張する。確かに、現在の医学水準からすれば、親子鑑定の正確性は立法当時よりはるかに高度のものであることは、成立に争いのない甲第一二号証からも窺い知ることができるところである。しかし、前示のとおり、再婚禁止期間が廃止された場合には嫡出推定が重複する場合が現在より増加することは明らかであるが、父の決定がすべて裁判所によりなされなければならないとすれば、その間父が不明となるという子の不利益、裁判に要する労力、費用等のことを考えただけでも、子の福祉にもとる結果となることはいうまでもなく、従って、親子鑑定が容易に正確になし得るというだけでは、再婚禁止期間が一見不合理であるということは到底できない。」と判示する。
(5) 原判決は、「(五) 再婚禁止期間という女子にのみ不利益を課する制度を設けなくとも、例えば嫡出推定が重複する場合には、後夫の子と推定し、この推定は親子不存在確認の訴えによって覆えし得るものとする方法も考えられるのであるから、再婚禁止期間の制度は不合理であるとする見解もあり得よう。しかし、右の方法によっても、父性の混同を来たす場合があることは避けられず、その場合には子の地位は不安定になるものであるところ、成立に争いのない乙第一号証によれば、右のような法制をとる国においても、旧西ドイツ、スイスなどのように、なお再婚禁止期間を維持することによって父性の衝突が生ずる場合をできるだけ少なくしようとしている国もあることが認められることから言っても、嫡出推定の重複を回避するための他の方法が存在するからといって、立法者がこれを採用せず、再婚禁止期間を設けることによって父性の重複を回避する方策を採ったからといって、一見不合理であるとは言えない。」と判示する。
(6) 原判決は、「(六) 控訴人らは、民法七三三条の定める再婚禁止期間は、父性の推定の衝突の防止という目的を達成するためには長きに過ぎ、著しく不合理である旨主張する。確かに、民法七七二条が定める婚姻中懐胎推定期間を前提とすれば、嫡出推定が重複する可能性のあるのは一〇〇日又は一〇一日(学説により異る)であるから、民法七三三条が嫡出推定の重複を避けることのみを立法目的とするのであれば、同条の定める六か月という期間は長きに失し、不合理であるという考え方には十分首肯できるものがある。しかし、前示のとおり、民法は、一〇〇日(又は一〇一日)では懐胎の有無を一般人が確実に知ることは難しいので、女子が再婚後前夫の子を出産するという不都合を避けるため、一般に懐胎の有無を確実に知り得る六か月にしたものであるところ、かかる附随的な立法目的も直ちに不合理であるとするわけにはいかない。のみならず、現代医学の進歩に伴いいわゆる未熟児も無事成長する例が多くなり、懐胎後二〇〇日未満で出産することは決して珍らしいことではないこと、及び懐胎後三〇〇日を超えて生まれる過熟児があることは、いずれも公知の事実であるところ、民法の予定する懐胎期間は短かきに失するのではないかとの考え方もあり、更に民法七七二条については嫡出推定の範囲を婚姻中に出生した子全部に拡げるべきであるとする意見もあるところ、これらの見解に従って立法がなされれば嫡出推定の重複の期間は長くなるのであって、従って再婚禁止期間が長きに失するかどうかは七七二条の規定等とも合わせて立法当局において十分検討されることが必要であるから、現行の再婚禁止期間が長きに失して一見不合理であるとは直ちに断じ難い。」と判示する。
(7) 原判決は、「(七) 控訴人らは、再婚の際懐胎しているか否かは医学の進歩により容易に判明するのに、懐胎していないことの医師の証明書が提出された場合にも、再婚禁止期間の規定の適用除外としていない民法七三三条の規定は、明らかに不合理である旨主張する。確かに民法が再婚禁止期間を設けた主たる目的は、前示のとおり父性の混同を防止する点にあるから、民法自身も「女が前婚の解消又は取消の前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない」旨規定して除外例を認めているところである。また成立に争いのない甲第九号証、前掲乙第一号証によれば、戸籍実務の上でも、右規定を類推適用して、父性推定の衝突のおそれがない場合には、期間内といえども婚姻届を受理する扱いをしている場合もあること、しかし、懐胎していない旨の医師の診断書が添付されていても婚姻届は受理しないという取扱いをしていることが認められる。控訴人らの主張するとおり、再婚する女子がもし懐胎していないのであれば、父性推定の衝突は生じないから、理論的には、例外的に再婚禁止期間の規定の適用が除外されて然るべきである。しかし、民法は婚姻は戸籍法の定めるところによってこれを届け出ることによってその効力を生ずるものとしているが(同法七三九条一項)、戸籍法は周知のとおり届出についていわゆる形式審査主義をとっているから、戸籍管掌者が再婚をしようとする女子が懐胎しているか否かについて実質審査することはできず、懐胎しているか否かの審査は他の機関が発行した証明書等によらざるを得ないところ、その場合単なる医師の証明書で足りることにするかどうかは立法論として検討を要するところである。従って、女子が懐胎していない場合に再婚禁止期間の規定の適用を排除していない民法七三三条の規定が直ちに一見不合理であるということはできない。」と判示する。
(8) 原判決は、「(八) なお、控訴人らは、再婚禁止期間の規定に反してなされた婚姻を取消し得るものとしている民法七四四条の規定は著しく不合理である旨主張するが、前認定のとおり本件事案は再婚禁止期間の規定に違反してなされた婚姻が取消された事案ではなく、本件の結論を導き出すためには、右の点について検討する必要は全くないから、当裁判所は、右の点については判断をしない。」と判示する。
3 立法行為の違法行為の判断基準について、右最高裁判例のいう「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」場合が、如何なる場合をいうのか明らかではないが、少なくとも「合憲限定解釈の余地がない法律又はその規定」は「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」ものであると解すべきである。蓋し、「合憲限定解釈の余地がない法律又はその規定」は、憲法の最高法規性を定める憲法第九八条第一項の規定により効力を有しないのであり、また、国務大臣及び国会議員は憲法第九九条の規定により憲法尊重擁護の義務を負っているものであるところ、国家賠償法第一条第一項の規定の適用上「合憲限定解釈の余地がない法律又はその規定」の立法行為が違法でないとすれば、それは憲法第九九条の規定に反するだけでなくほしいままに国民の基本的人権を侵害する法律を制定しても、立法行為の違法性の責任も問われず且つ国民も補償等の救済も得られないという結果を招来し、基本的人権の不可侵を定めた憲法第一一条及び第九七条の規定に違反するとともに法の支配の理念をも否定することになるからである。
(一) 右の少なくとも「合憲限定解釈の余地のない法律又はその規定」は「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」ものであるという観点から、違憲の法律の立法行為による国会若しくは国会議員又は内閣若しくは内閣の構成員の責任、及び立法行為に附随する内閣又は内閣の構成員の責任を考察すると、次のようになると解すべきである。
(1) 国会が適用違憲又は運用違憲の法律を制定した場合、その法律は合憲限定解釈が可能であるから、国会又は国会議員に、政治的責任又は道義的責任が生ずることは別として、違憲立法の法的責任が生ずると解することは困難である。
右の場合、内閣は、合憲限定解釈の許される範囲内でその法律を執行する法的義務があると解すべきである。蓋し、憲法第七三条第一号にいう内閣の「法律を誠実に執行し」とは、国務大臣の憲法尊重擁護義務を定めている憲法第九九条及び違憲の法律は効力を有しないと定めている憲法第九八条第一項の規定に照らし、法律の合憲の部分のみを執行することを意味し、法律の違憲の部分を執行することは却って不誠実となると解せられるからである。そして、内閣が、合憲限定解釈の許される範囲を超えて執行した場合、即ち、その法律を違憲に適用し若しくは適用させ又は違憲に運用し若しくは運用させた場合、法律の執行行為の代表、責任機関として、内閣は、内閣の構成員とともに法的責任を負うものと解すべきである。このように解すると、「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」と定めている憲法第六六条第三項の規定との関係が若干問題となるところである。憲法第六六条第三項は、議院内閣制による内閣の国会に対する政治的責任を定めたものであるが、しかし、内閣が国民の基本的人権を侵害した場合における内閣の該国民に対する法的責任を否定したものと解すべきではなく、憲法第一一条、第一七条、第二九条第三項、第九七条、第九八条第一項及び第九九条の規定に照らしてむしろ内閣の法的責任を首肯するものと解すべきであり、また、内閣が行政権の行使により国民の基本的人権を侵害してもその責任は該国民に対して負うのではなく国会に対して負うということは、基本的人権の尊重を基本原理とする憲法の精神に反することになるからである。
そして、内閣は、適用違憲又は運用違憲の部分を削除又は廃止する法律改正案等を相当期間内に国会に提出する等の措置を講ずべきであると解する。
(2) 国会が合憲限定解釈の余地がない法律又はその規定を制定した場合、国会及び国会議員は、違憲の法律又はその規定を制定した立法行為の作為、及び違憲の法律又はその規定の廃止又削除をしないという立法行為の不作為により、法的責任を負うものと解すべきである。
右の場合、内閣は、憲法第七二条及び内閣法第五条の規定により、違憲の法律又はその規定を廃止又は削除する法律廃止案又は法律改正案を国会に提出すべきであり、憲法第七三条第一号、第九八条第一項及び第九九条の規定と併せ考えると、違憲の法律又はその規定の執行を中止し又は保留して、違憲の法律又はその規定を廃止又は削除する法律廃止案又は法律改正案を国会に提出する等の措置を講ずる法的義務があると解すべきである。蓋し、内閣を構成する国務大臣は憲法第九九条の規定により憲法尊重擁護の義務を負い、違憲の法律又はその規定は憲法第九八条第一項の規定により効力を有しないので、憲法第七三条第一号にいう内閣の「法律を誠実に執行し」とは、内閣は、合憲の法律を合目的に且つ合理的に執行し、合憲限定解釈の余地がない法律又はその規定が存在する場合は、違憲の法律又はその規定をそのまま執行すると国民の基本的人権の侵害を招来する等却って不誠実となるので、違憲の法律又はその規定の執行を中止し又は保留して、憲法第七二条及び内閣法第五条の規定による法律案の提出権を行使して、違憲の法律又はその規定を廃止又は削除する法律廃止案又は法律改正案を国会に提出する等の措置を講ずる法的義務があることの意義を包摂しているのであり、そのように解することによって内閣の合憲的な法律執行という誠実が図られるからである。そして、内閣が、右措置を講じないで、違憲の法律又はその規定を適用し又は適用させた場合、法律の執行行為の代表・責任機関として、内閣の構成員とともにその法的責任を負うものと解すべきである。
(二) 右のとおり、「合憲限定解釈の余地のない法律又はその規定」は右最高裁判例にいう「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」ものであると解すべきであり、また、民法第七三三条が「合憲限定解釈の余地のない法律又はその規定」であることについては右第一点一4において論述したところによって明らかであるので、原判決が右最高裁判例の解釈を誤っていることはすでに明らかであるが、原判決は、民法第七三三条の立法行為が右最高裁判例にいう「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」か否かについて、立法行為の違法性の判断基準とその検討結果を判示するので、左の(三)において「原判決の民法第七三三条の立法行為の違法性の判断基準に関する解釈の誤りについて」を論述し、左の(四)において「原判決の民法第七三三条の不合理性に関する解釈(検討結果)の誤りについて」を論述する。
(三) 原判決の民法第七三三条の立法行為の違法性の判断基準に関する解釈の誤りについて
(1) 原判決は、民法第七三三条の立法行為の違法性の判断基準について、最高裁判例にいう「立法の内容が憲法の一義的な文言に違反している」か否かの判断基準を具体化するものとして、「明白性の原則」及び「より制限的でない他の手段」の基準を採用し、右第三点二2(一)に記載のとおり、四項目を判示する。
しかしながら、右第一点一1(七)においても論述したとおり、憲法第一四条第一項後段列挙の事由(人種・信条・性別・社会的身分又は門地)の不存在は、法の下の平等として、表現の自由とともに、代表民主制の存立の基盤にかかわる重要な基本権であるので、同項後段の事由による差別が問題となる立法については、違憲の推定が生じ、合憲の立証責任は立法行為にあると解すべきであり、「厳格な審査」の基準が採用されるべきである。民法第七三三条は、女についてのみ再婚禁止期間を定め、男については斯かる規定が存在しないので、「性別による差別」が問題となる立法であるから、右の「厳格な審査」の基準によって判断されるべきである。従って、原判決は、解釈について重大な誤りをおかしているというべきである。
(2) 再婚禁止期間は、男について設けないで、女についてのみ設けているのであるから、一見しても性差別であるという疑いを推断し得るのであり、又、右第二点四において論証したとおり、日本国政府が国際連合事務総長に提出した女子差別撤廃条約実施状況報告についての国際連合女子差別撤廃委員会における質疑応答に照らしてみても、民法第七三三条が女子差別撤廃条約に違反する疑いのある性差別規定であって、その疑いが一見不合理をも推断させるものであるというべきであるから、女についてのみ再婚禁止期間を定めている民法七三三条は、「性別による差別といった違憲の疑いのある類型」として、「厳格な審査」の基準に服させるべきであると解する。従って、この点からみても、原判決は解釈を誤っているというべきである。
(3) 右の「厳格な審査」の基準の観点から、民法第七三三条の立法行為の違法性又は違憲性の判断基準を考察すると、第一に、性別による差別に該り、第二に、婚姻の自由を不当に侵害し、第三に、婚姻における男女同等の権利を侵害し、第四に、父性の混同を防止するために再婚禁止期間を設けることが必要であるならば、男女共に再婚禁止期間を設けるべきであるところ、男について再婚禁止期間を設けなかったことについて合理性がなく、第五に、女についてのみ再婚禁止期間を設けることは不合理であり、第六に、父性の混同を防止するため、より制限的でない他の手段があり、第七に、立法し又は規制する側が立証責任を果たしていない、以上の七項目について一つでも該当するということになれば、民法第七三三条の立法行為は違法且つ違憲というべきである。
そこで、右の第一から第七までの点について検討すると、民法第七三三条は、第一の点については、右第一点一1(四)において論述したとおり、性別による差別に該当し、第二及び第三の点については、右第一点一2(二)及び(三)において論述したとおり、婚姻の自由及び婚姻における男女同等の権利を侵害しており、第四の点については、右第一点一1(四)(1)において論述したとおり、男女共に再婚禁止期間を設けなかったこと(男について再婚禁止期間を設けなかったこと)について合憲性がなく、第五の点については、右第一点一1(五)において論述したとおり、女についてのみ再婚禁止期間を設けることは不合理であり、第六の点については、右第一点一1(六)(2)において論述したとおり、女が妊娠していないことの医者の証明書やDNA判定等により、女についてのみの再婚禁止期間は必要のない手段であり、第七の点については、右第一点一1(七)(4)において論述したとおり、立法し又は規制する側が立証責任を果たしていないのである。従って、民法第七三三条の立法行為が違法且つ違憲であるということは明白である。
(4) 原判決が、民法第七三三条について国会議員又は内閣の構成員の立法行為(その改廃の不作為を含む)の違法を理由とする国家賠償法第一条第一項に基づく損害賠償請求は理由がある場合として掲げる四項目について、まず第一の場合の「(1)民法七三三条が、真実は父性の重複の回避を目的として女子に対して再婚禁止期間を設けたものではなく、実際にこれに名を藉りて男尊女卑の封建的道徳観に基づき女子の再婚を嫌忌して女子の再婚を制限する目的をもって制定されたことが明白である場合」については、憲法第一四条第一項が性別による差別を禁止し、憲法第二四条が婚姻の自由及び婚姻における男女同等の権利を保障しており、加えて、女子差別撤廃条約がすでに国内法的効力を生じているので、「性別による差別に該当する場合」、「婚姻の自由を不当に侵害する場合」及び「婚姻における男女同等の権利を侵害する場合」として、憲法及び女子差別撤廃条約の本質的な事項を判断基準として用いるべきである。原判決判示の第二の場合の「再婚禁止期間を定めても父性の重複の回避に何ら役立たず、却って一時的にせよ内縁の夫婦を増加させ、その間の子を一度は非嫡出子とする弊害のみが生ずることが明白である場合」については、女についてのみの再婚禁止期間を設けることが不合理であることの事由は他にも多くあり、また、妊娠は男女の共同責任であるから、男について再婚禁止期間を設けなかったことが合理的でないことも検証する必要があるので、「父性の混同を防止するために再婚禁止期間を設けることが必要であるならば、男女共に再婚禁止期間を設けるべきであるところ、男について再婚禁止期間を設けなかったことについて合理性のないことが明白である場合」及び「女についてのみ再婚禁止期間を設けることについて不合理であることが明白である場合」として検討すべきである。そして原判決判示の第三及び第四の場合の「父性の重複を防止するためには女子についてのみ再婚禁止期間を設けるという方法に比してより制限的でない他の手段が存することが明白であるのに、あえて女子についてのみ再婚禁止期間を設けた場合又は(4)仮に父性の重複を回避するためには女子に対して再婚禁止期間を設ける必要があるとしても、そのためには民法七七二条の規定上嫡出推定が重複する前婚解消後一〇〇日又は一〇一日(学説によって異なる)あれば足りることが明白であるのに、六箇月という必要以上の長期に亘って女子の再婚を制限した場合等再婚禁止期間の制度そのもの又はその期間が父性の重複の回避という目的に照らして不合理であることが明白であるのに、国会又は内閣が民法七三三条の規定を設け、又はこれを改廃する措置を講じない場合」については、「女についてのみ再婚禁止期間を設けることについて不合理であることは明白である場合」、「父性の混同を防止するため、女についてのみ再婚禁止期間を設けることより制限的でない他の手段が存する場合」及び「立法し又は規制する側が立証責任を果たしていない場合」とすべきである。蓋し、父性の混同の防止という技術上の手段によって再婚をする基本的人権が制限されるということは、基本的人権の尊重を基本原理とする憲法の理念からして当然避けなければならないことであり、又、右第一点一1(七)において論述したとおり、民法第七三三条の合憲性に関する立証責任は合憲を主張する者である立法し規制する側にあると解すべきだからである。
(四) 原判決の民法第七三三条の不合理性に関する解釈(検討結果)の誤りについて
(1) 原判決は、乙第一号証の記載内容を理由として、「再婚禁止期間は、女子の再婚を嫌忌する父権的思想に立って立法された著しく不合理な規定である旨の控訴人らの主張は採用できない。」と判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(1)に記載のとおり)するが、同号証には、明治二三年民法(旧民法)人事編の四月を六月にした理由の中の意見として「我が国の習として一女両夫に見ゆるは一般人情の嫌忌するところであり、フランス、イタリアでも待婚期間はより長期であるので、四月をもっと延長するのがよいのではないかとする倫理上の理由を付加する意見もあった。」(同号証(6)頁一七行及び一八行)、明治三一年民法(旧法)に関する項の中で「旧民法が六月にした理由もそれほど明確なものではない。」(同号証(8)頁一〇行及び一一行)及び「推定重複期間より長い部分は後夫保護のための期間であり、父性混同防止目的以外のいわば不純物ともいうべき余分の期間であるとの見方もある。確かに、前婚解消後早く再婚することは望ましくないとの倫理的な国民感情や後夫保護の側面があったことは否めないであろうか、」(同号証(8)頁一六行乃至一八行)、並びに現行民法に関する項の中で、制定過程において「その経緯やどのような議論があったのかは必ずしも明らかではないが、解説書にみれば、待婚期間の規定は男女平等に反しないかという議論があったものの、本質的平等に反するものではなく憲法違反ではないとされたようである(注45)。」(同号証(10)頁五行〜七行)そして「もっとも、実効性については、旧法当時から疑問視する見方もあり(注46)、現行民法第七三三条についても、この規定があるため、『法律上の婚姻は六箇月延長されるであろう。しかし事実上の婚姻もまた延期されるかどうかは疑わしい。しかもその間に子が生まれれば、後婚はまだ成立していないから、当然に前婚の子と推定されるという不合理が起こりうる。この点から見ると、再婚期限の規定は大いに再考を要するかも知れない。無益にして、時に有害でさえありうるともいえる。将来に残された一つの問題である。』との指摘が早くからされていた(中川善之助・新民法の指標と立法経過の点描四〇頁)。」(同号証(10)頁七行乃至一三行)ということも記載されているのであり、この記載に照らし且つ右第一点一1四(3)において論証したことを併せ考えると、再婚禁止期間は、女の再婚を嫌忌する父権的思想に立って立法されたものであり、立法当初より著しく不合理であったというべきである。
原判決は、現行民法第七三三条の合憲追認の立場から、乙第一号証について、都合の悪い部分を捨てて、都合の良い部分だけを拾いあげてご都合主義の理論構成をしたものであるというべきである。そして、右第一点一1(四)において論述したとおり、民法第七三三条は憲法第一四条第一項の規定が禁止している「性別による差別」立法であることが明らかであるにもかかわらず、原判決が「性別による差別」に該るか否かについての判断を欠落・看過したことは、重大な誤りをおかしているというべきである。
(2) 原判決は、「協議離婚を認めるわが民法の下においては、離婚後の再婚の場合であっても、法制度上父性推定が重複すること自体は避けられないのであるから、法制度としてその回避の手立てを講ずることは立法上当然の要請であって、従ってその回避の手段として、民法が採っているように再婚禁止期間を設けることは一見不合理であるとは到底いえない。」と判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(2)に記載のとおり)するが、嫡出性の推定を定めている民法第七七二条は、右第一点一1六(1)において論述したとおり、違憲且つ不合理であり、また、父性推定の重複の回避よりも父性混同の防止の方が本質的に重要であるところ、右第一点一1(五)(3)において論述したとおり、再婚の時において、女が妊娠していないことの医師の証明書(診断書)を婚姻届に添付すれば、父性の混同という問題は生じる余地がなく、又妊娠していても、DNA判定により父子関係の有無を確実に判定することができるので、父性の混同は生じないのであるから、女についてのみ再婚禁止期間を設けることが不必要にして且つ不合理な手段であることは明らかである。そして、「法制度上父性推定が重複する」という点について、立法者が不合理な民法第七三三条と不合理な民法第七七二条とを立法したこと自体にあるのであり、「法制上父性推定が重複する」ということを理由として民法第七三三条の不合理性を正当化することは、基本的人権尊重の理念に対する背理するものであるというべきである。従って、原判決の解釈の誤りは明らかである。
(3) 原判決は、「再婚禁止期間の規定は、女子が再婚した場合における出生子の利益や後婚の家庭の平穏を保護するために嫡出推定の重複(父性の混同)をできるだけ防止しようとする制度であり、目的そのものには合理性があるといわなければならないし、再婚禁止期間を設けなくとも嫡出推定重複の防止が図り得る法制を設けずに再婚禁止期間を廃止した場合、現在より嫡出推定の重複する場合が増えるであろうことは容易に予想できるところ、嫡出推定が重複する子については、父を定める訴え(民法七七三条)により父が定まるまでは父が未定となり、著しく出生子の福祉に反する事態が生ずる。右のとおり、再婚禁止期間の制度を維持することによって、これを廃止したときに生ずる上記の不都合をはるかに上回る弊害が生ずるとはいえないのであって、従って再婚禁止期間は、無用・有害の再婚の制限であるとは到底言えない。」と判示するが、原判決は、次の点において、解釈の重大な誤りをおかすものである。
まず第一に、父性の混同の防止及び出生子の利益や後婚の家庭の平穏の保護の点については、右第一点一1(六)(2)において論述したとおり、再婚の時に女が妊娠していない場合においては、妊娠していないことの医師の証明書(診断書)を婚姻届に添付すれば、父性の混同という問題は生ずる余地がなく、従って出生子の利益の保護の問題も問題とする余地もないのであり、後婚の家庭の平穏の保護の面では女についてのみの再婚禁止期間があることによって婚姻が阻まれ却ってその保護に欠けるのである。再婚の時に女が妊娠している場合であっても、DNA判定により父子関係の有無を確実に判定することができるため、父性の混同は生じないので、出生子の利益や後婚の家庭の平穏の保護の面でも女についてのみの再婚禁止期間の定めがないことによって格別その保護に欠けるところはないというべきである。再婚の時に女が妊娠している場合において、例外的に稀にあるかもしれない「前婚による懐胎があったため後婚が継続不能になる事態」を想定するのであれば、後婚の離婚によって解決すべきであり、それにもかかわらず敢えて事前の防止策を求めるというのであれば、再婚の時に女が妊娠していないことの医師の証明書(診断書)を婚姻届に添付した場合を適用除外として男女共に必要最小限の再婚禁止期間を設けること等によって対処すべきである。蓋し、前婚による懐胎は前夫と前妻との共同責任であり、出生子にとっても前夫に対する関係において利益を保護することとなり、女についてのみの再婚禁止期間は右第一点一1(四)において論述したとおり憲法第一四条第一項が禁止する「性別による差別」に該当するが、男女共に必要最小限度の再婚禁止期間を設けることは「性別による差別」に該当せず且つ婚姻における男女同等の権利の保障に合致するからである。
第二に、再婚禁止期間を設けなくとも嫡出推定重複の防止が図り得る法制を設けずに再婚禁止期間を廃止した場合、現在より嫡出推定の重複する場合が増えるであろうとの点については、嫡出性の推定を定めている民法第七七二条が、右第一点一1(六)(1)において論述したとおり、違憲且つ不合理であることに起因するのである。民法第七三三条を廃止した場合における民法七七二条の嫡出推定の重複の期間は、一〇〇日又は一〇一日であり、再婚の時に女が妊娠していない場合は嫡出推定の重複する場合から当然除かれ、しかも、右第一点一1(五)(2)において論述したとおり、近年一人の女が生涯に産む平均子ども数(合計特殊出生率)は約1.5人程度であって、女がいつも産んでいるわけではないので、女についてのみの再婚禁止期間を廃止した場合、現在より嫡出推定の重複する場合が仮に増えたとしても微増というべきである。そして、女についてのみの再婚禁止期間は、右第一点一1(四)において論述したとおり、憲法第一四条第一項の規定が禁止する「性別による差別」であるから、嫡出推定の重複を理由として女についてのみの再婚禁止期間の定めを正当化することはできないのである。
第三に、嫡出推定の重複する子については、父を定める訴え(民法七七二条)により父が定まるまでは父が未定となり、著しく出生子の福祉に反する事態が生ずるとの点であるが、原判決は、民法七七二条を前提として論ずる以上、上告人らが右第一点一1(六)(1)において論述した民法第七七二条自体に存する不合理性、即ち、同条に一方的心理強制の父権的思想・倫理感が内在しているため、近年法律婚を嫌って事実婚をする夫妻が増大しつつあることに伴い、非嫡出子も増大しつつあるところ、同条は違憲の非嫡出子を存在させる根拠規定ともなっており、しかも、夫が協議離婚に応じず裁判上の離婚も容易でないため事実上の離婚状態が長期に亘るので、妻が夫の子以外の子を産む場合も現存するが、この場合、民法第七七二条が存在するため、出生届の届出をすれば夫の子として一旦扱われるし、また夫の暴力を恐れて出生届の届出をしないケースもあるという実情等の不合理性から目を逸らしてはならない。原判決が、右に論述した民法七七二条に内在する不合理性にもかかわらず、同条を前提として論理を展開するのであれば、再婚の時に女が妊娠していないことの医師の証明書(診断書)を婚姻届に添付した場合を適用除外として、嫡出推定が重複する一〇〇日又は一〇一日間について男女共に再婚禁止期間を設けて対処すべきである。
従って、原判決は、右の第一、第二及び第三の点のいずれについても、解釈の誤りをおかしているというべきである。
(4) 原判決は、「父の決定がすべて裁判所によりなされなければならないとすれば、その間父が不明となるという子の不利益・裁判に要する労力・費用等のことを考えただけでも、子の福祉にもとる結果となる」と判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(4)に記載のとおり)するが、右「子の利益」については、右(3)第三において論述したとおり、原判決が、民法第七七二条に内在する不合理性にもかかわらず、同条を前提として論理を展開するのであれば、再婚の時に女が妊娠していないことの医師の証明書(診断書)を婚姻届に添付した場合を適用除外として、嫡出推定が重複する一〇〇日又は一〇一日間について、男女共に再婚禁止期間を設けて、嫡出推定の重複を防止することにより、子の不利益を回避することができるというべきである。なお、裁判に要する労力・費用等を考慮することは重要な要素の一つではあるが、そのことを理由として、「性別による差別」である女についてのみの再婚禁止期間を認めることはできない。従って、原判決は、右判示について解釈を誤っているというべきである。
(5) 原判決は、「再婚禁止期間という女子にのみ不利益を課する制度を設けなくとも、例えば嫡出推定が重複する場合には、後夫の子と推定し、この推定は親子不存在確認の訴えによって覆えし得るものとする方法も考えられるのであるから、再婚禁止期間の制度は不合理であるとする見解もあり得よう。しかし、右の方法によっても、父性の混同を来たす場合があることは避けられず、その場合には子の地位は不安定になるものであるところ、」「嫡出推定の重複を回避するための他の方法が存在するからといって、立法者がこれを採用せず、再婚禁止期間を設けることによって父性の重複を回避する方策を採ったからといって、一見不合理であるとは言えない。」と判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(5)に記載のとおり)するが、まず第一に、嫡出推定の重複の回避は技術上の手法であり、再婚をする権利は基本的人権であるから、技術上の手法を理由として基本的人権を制限することは、基本的人権尊重の理念に背理するものであり、第二に、女についてのみの再婚禁止期間は、右第一点一1(四)において論述したとおり、憲法第一四条第一項の規定が禁止する「性別による差別」に該当するものであり、第三に、基本的人権の尊重の理念に照らし、LRAの基準(より制限的でない他の選びうる手段の基準)が採用されるべきであり、第四に、DNA判定により、父子関係の有無を確実に判定できるので、父性の混同は生じないのであるから、立法者は、「女についてのみの再婚禁止期間を設けないで、嫡出推定が重複する場合には後夫の子と推定し、この推定は親子不存在確認の訴えによって覆えし得るものとする」方法を選ぶべきであって、これを採用しないで、「再婚禁止期間を設けることによって父性の重複を回避する」方策を採ったことは、明らかに不合理である。従って、原判決は、右判示について明らかに解釈を誤っている。
(6) 原判決は、未熟児及び過熟児の懐胎期間並びに嫡出推定の期間を広げるべきであるという見解を掲げて、「これらの見解に従って立法がなされれば嫡出推定の重複の期間が長くなるのであって、従って再婚禁止期間が長きに失するかどうかは七七二条の規定等とも合わせて立法当局において十分検討されることが必要であるから、現行の再婚禁止期間が長きに失して一見不合理であるとは直ちに断じ難い。」と判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(6)に記載のとおり)するが、まず第一に、嫡出性の推定を定めている民法第七七二条は、右第一点一1(六)(1)において論述したとおり、不合理であることが明白であり、第二に、女についてのみ六か月の再婚禁止期間を定めている民法第七三三条は、右第一点一1(四)において論述したとおり、憲法第一四条第一項の規定が禁止する「性別による差別」に該当するものであり、第三に、嫡出推定の重複の回避は技術上の手法であり、再婚をする権利は基本的人権であるので、技術上の手法を理由として基本的人権を制限することは、基本的人権尊重の理念に背理するものであるから、原判決の右判示は、明らかに解釈を誤っているのである。
(7) 原判決は、「戸籍法は周知のとおり届出についていわゆる形式審査主義をとっているから、戸籍管掌者が再婚をしようとする女子が懐胎しているか否かについて実質審査することはできず、懐胎しているか否かの審査は他の機関が発行した証明書等によらざるを得ないところ、その場合単なる医師の証明書で足りることにするかどうかは立法論として検討を要するところである。従って、女子が懐胎していない場合に再婚禁止期間の規定の適用を排除していない民法七三三条の規定が直ちに一見不合理であるということはできない。」と判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(7)に記載のとおり)するが、人間にとって最も重要な生死の場合においてすら医師の出生証明書・死亡診断書によってのみ判断して出生届・死亡届を受理していることに照らしてみても、女が妊娠(懐胎)していないことの医師の証明書(診断書)を添付した再婚の婚姻届は当然受理すべきである。右第一点一1(五)(3)において論証したとおり、女が妊娠していないことは医学的に確実に、容易に、そして早期に判定することができ、その証明も可能であるから、女が懐胎していないことの医師の証明書を添付した婚姻届の届出がある場合に、再婚禁止期間の規定の適用を排除(除外)していない民法第七三三条の規定が不合理であることは明白である。従って、原判決の右判示は解釈の重大な誤りをおかしているのである。
(8) 原判決は、本件事案は再婚禁止期間の規定に違反してなされた婚姻が取消された事案ではないので、民法第七四四条については判断しないと判示(判示内容の詳細は右第三点二2(二)(8)に記載のとおり)するが、右第一点一1(四)(3)において論述したとおり、民法第七三三条と民法第七四四条第二項とが相俟って「性別による差別」の証左であることを明らかにしているのであるから、民法第七三三条の不合理性に関連して当然判断されるべきである。従って、原判決の右判示は不当であるというべきである。
(9) 原判決は、右最高裁判例の「一義的な文言」を民法第七三三条の立法行為の違法性の判断基準に具体化し、八項に検討をしたうえで民法第七三三条の立法行為に違法性はないとして、民法第七三三条の合憲的な結論をだしたが、右に論述したとおり、原判決の判示するところは、いずれも違憲・違法であるにもかかわらず合憲・適法という解釈の重大な誤りをおかしており、これは原判決が右最高裁判例の解釈を誤ったことと憲法解釈を誤ったことの結果であるとみるべきである。よって、原判決には右最高裁判例に違背した違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
第四点 原判決には、国家賠償法第一条第一項の解釈適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
1 本件事案は、右第三点一1において述べたとおりであるところ、原判決は、国家賠償法第一条第一項の適用上、国会議員及び内閣の構成員の立法行為(立法不作為を含む)の違法性について判断しただけで、内閣・内閣総理大臣・法務大臣及び家事審判官の違法な執行行為についての判断を欠落したのは、国家賠償法第一条第一項の解釈適用を誤ったものであるというべきである。
即ち、まず第一に、内閣が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条の執行の中止又は保留等の措置を講じないで、相当期間経過するもなおその違反状態を放置し、その違法の民法第七三三条を上告人らに適用し又は適用させたという違法な公権力の行使をしたため、第二に、内閣総理大臣及び法務大臣が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条を上告人らに適用し又は機関委任事務により適用させたという違法な公権力の行使、及び、憲法第一四条第一項等に違反する「現に受胎していない旨の医師の診断書を添付して届出をした場合でも、六月間は受理できない。」という先例(昭和八年五月一一日民甲六六八回答・甲第九号証)を改正して、「現に受胎していない旨の医師の診断書を添付して届出をした場合には、民法第七三三条が削除又は改正されるまでの間、同条第一項の適用除外として、婚姻届を受理する。」こととする等の措置を講じないで、運用違憲の右先例(運用違憲であることについては、右第一点一5に論述したとおりである。)を上告人らに適用し又は機関委任事務により適用させたという違法な公権力の行使をしたため、第三に、家事審判官が、憲法第一四条第一項等の規定に違反する民法第七三三条の適用を理由として養子縁組を許可しないという違法な公権力をしたため、市長による婚姻届不受理処分及び裁判所による養子縁組不許可処分を受け、これにより種々の不利益と精神的苦痛が上告人らに発生したとして、国家賠償法第一条第一項の規定に基づいて被上告人に対し損害賠償請求したのであるから、これらの点について原判決は判断すべきところ、原判決は右第一、第二及び第三のいずれについても判断を欠落しているので、国家賠償法第一条第一項の解釈適用を誤ったものであるというべきである。
第五点 原判決には、憲法に基づく国家補償の請求に関し、憲法第一四条、第一七条及び第二九条第三項の解釈適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
一 原判決は、「原告ら主張の不利益中の相当部分は、厳密にいえば、再婚禁止期間中婚姻できなかったこと自体によって生じたものではなく、右期間の経過を待つことなくあえて事実上の婚姻をしたことによって生じたものであり、その限度では自ら招いたものであるともいい得ること」等を理由として憲法第二九条第三項の類推適用による国家補償の請求を認めない第一審判決を支持する。
しかし、民法第七三三条は、右第一点一1(四)において論述したとおり、「性別による差別」を禁止し、法の下の平等を定めている憲法第一四条第一項に違反するものであり、上告人らは憲法第一四条第一項に違反する民法第七三三条の適用を受けて基本的人権が侵害されたのであるから、憲法第一四条第一項、第一七条及び第二九条第三項の規定に基づいて、裁判所は被った損害の相当額を給付すべき旨の判決をなし得るものと解すべきである。蓋し、裁判所が給付判決をしなければ、憲法第一四条違反の違憲状態を生ぜせしめた国家機関がいずれの機関であろうと、又その国家機関に故意又は過失があろうとなかろうとも、法の下の平等の回復にはならないのであり、給付判決をしないことによって却って裁判所が法の下の平等を侵害することになるからである。従って、原判決は、憲法第一四条、第一七条及び第二九条の解釈を誤っているというべきである。
以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり破棄されるべきである。